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眠くないときのほうが少ない

しがない兼業ライター・後川永のブログです。基本は仕事情報の記録です。

地に足のついた設定を捻る良質な短篇集――石川雅之『週刊石川雅之』レビュー(「Febri」vol.20掲載)

週刊 石川雅之 (イブニングKC)

週刊 石川雅之 (イブニングKC)

 派手な人気タレントこそ出てこないものの、小劇団出身の実力派俳優陣で配役は固められ、脚本はよく練られており、演出にも隙がない。ふと深夜にテレビを点けたとき、そんないぶし銀な味わいのドラマに出会うと、なんともいえず嬉しいものがあり、ついつい作業の手を止めて見入ってしまったりする。

『月刊石川雅之』に収録された短編には、そんな良質な深夜ドラマのような味わいがある。

 たとえば、巻頭に収録された「彼女の告白」。

 田舎の両親のもとに久々に帰ってきた息子は、どこからどうみても女性にしかみえないニューハーフになっていた。ここまでは比較的よくあるシチュエーションだといってよいだろう。
 しかし、膝を突き合わせて三人が話し合ううち、物語は意外な方向へと転がり、一捻り、二捻りしてからオチへとたどりつく。短いページ数であるにもかかわらず、初期設定からの筋の展開が大変鮮やか。また、コミカルな表現をはさみつつ醸しだされる、なんともいえない気まずい空気の表現も絶妙だ。

 そのほかの短編も、初期設定はそこまで奇抜なものではない。

 食卓に置かれた謎の袋をきっかけに、それぞれ妄想を炸裂させる家族。お互いに存在感が薄いせいで、たまたま喫茶店で相席になり、意気投合する二人の男。恋に仕事に疲れた28歳のOL。ファミレスでフェティッシュな猥談に興じる、派遣のバイトでたまたま知り合った4人組の男たち。凄腕の殺し屋だった過去をキャバクラで自慢する、すっかりたるみきった体の中年男。TV出演のために来日したロシアのインチキ超能力兄妹。落ちる寸前の城に姫を助けに行こうとする腕利きの忍。女子高生に飼われている鶏の親子。殿の命令で大凧を用意せねばならなかったのに大蛸を探してきてしまったおっちょこちょいな農民たち。一日に運行するバスの本数が少なく、人気もあまりない日中のバス停で出会う男女。

 ……いずれも地に足の着いた範囲で、でも、ほんの少し日常から遊離したようなバランスを保った設定だ。

 ストレートに言えば、地味だ。

 しかしながら、読み終えたときに、平凡な印象を覚える短編は、ひとつもない。
 未読の方は、ここに書いた初期設定から、ぼんやりと話の筋を想像し、そのあとで実物を手にとってみてほしい。おそらく、想像した筋から一歩、二歩先へと思考を進めた展開がそこにはあるはずだ。

 くわえて「ただ笑える」「ただ泣ける」というだけの作品がない点も素晴らしい。どの短編も、喜怒哀楽の感情や「シリアス/ギャグ」といった割り切りを許さない、複雑な味わいを湛えている。また、そのうえで後味の悪い作品がひとつもないあたりも、実に見事だ。

 いささか失礼な物言いになってしまうが、正直なところ、このままの作風でずっと描き続けていたならば、いずれネタ切れは確実に訪れただろうし、また、現在ほどメジャーな作家になることもなかっただろう。しかし本書は、のちに大ブレイクする作家の才気が、読者を置いてけぼりにしてほとばしりすぎてしまった、「若気の至り」扱いされる習作のようなものではない。連載の経験こそ浅いものの、たしかな実力を内に秘めた作家が、このときにしか描けなかっただろう輝きが詰まった、いうなればアーリー・ベスト。少し年配の読者ならば、『AKIRA』以前の大友克洋の短篇集にも似た味わい、とでもいえば感触が伝わるか。

 現在でも十二分に楽しむことができる、とても完成度の高い短篇集だ。

初出:「Febri」vol.20(一迅社)、ウェブ掲載にあたり一部改稿

……『純潔のマリア』のアニメが面白いので、勢いで載せてみた。